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自由恋愛

ここのところ、ばたばたしているのですが、ちゃっかり映画の試写にもいってたりして。

自由恋愛
http://www.wowow.co.jp/stock/jiyuu/

大正時代、自立と自由を求める2人の女性を描いた作品。

まずねぇ、絵がとってもきれい。デジタルハイビジョン撮影だと説明されていましたが、カメラのせいなのか、撮り方のせいなのか、いずれにしても、いつもの映画とは絵の質感がちがうなぁ、という印象を受けました。

ストーリーはちょっぴりベタなのだけれど、シーンによっては、ぐっときました。明子と清子という2人の女性、性格も環境もぜんぜん違うのだけれど、自分らしく生きたい、という根っこの部分はすごく似ていて、そこに愛憎がうまれるの。でねぇ、豊川悦司がねぇ、素敵なの。雰囲気ありすぎ。ひどいことしても、それでも好き。

私もね、女性の自立ってなんだろ、というのはいつも考えてます。ちょっと大袈裟だけど、たぶん、人生のテーマの1つと思う。でね、会社なんかはやっぱり男社会で、それをわかった上で、適当にやってるつもりなんだけど、たまに爆発しちゃうの。怒りの矛先は、だいたい、上司か彼なんだけどね(笑)。爆発モードのときは、ったくオトコちゅーのはしょーもないんだからーって暴れるわけだけれど、でもねぇ、嵐が去ると、豊川悦司がねぇ、すてきなの♪とか、○○さん大好きーっとか、全般的に男の人は"愛すべき存在"になっちゃうんだよねぇ。

たぶん、女性の自立っていうのと、男性の存在っていうのは、あまり関係がないというか、相関関係にはないんだと思う。身近にいる男性がしょーもないだめおちゃんでも、愛すべき存在でも、それはそれ。私は私らしくこうする!という筋みたいのがあればいいんじゃないかな、と。男のヒトとはりあったり、同化したりするのって、なんか、ちっちぇーなー、って。(笑)

話を映画に戻すと、ヒロインの2人の女性、それぞれ、結構ひどい目にあって、めげたり、へこんだりするんだけど、その後の行動が、すごく「らしい」の。自分がほんとに欲しいものを手に入れるために、常識とか、世間体とか、ぜんぜん気にしない。こんな風に自分がほんとに欲しいものがなにか、を知っているヒトは、たとえひどい目にあっても、不幸に陥ることはないんだな、と。

私もね、20代半ば~後半の頃、すごくつらかったの。自分がどこに行くのかわからなくて、人生が終わっちゃってるような気分だった。30代になるのが怖かったし、40代、50代になる自分なんて、想像もできなかったし。(笑) それが、いつからか、自分の好きなこと、やりたいことがわかってきて、ほんとうに欲しいものしかいらないって思えるようになって、また、元気になってきました。40代、50代、こんな風になりたい!っていう夢が持てるようになってきたんだ~。

たぶん、女性のほうが、生き方の選択肢がはっきりわかれていて(そんなイメージを持ってるだけ、なのかも?)、どうしてもAかBか選ばなきゃいけないタイミングがでてくるもの。私はいつも前のめりで、焦って、焦って、決めなきゃいけないってことに、プレッシャーを感じていました。でもね、いいお友達や同僚に恵まれて、励まされて、だんだん、自分らしく、が怖くなくなってきたように思います。

20代の半ば頃、今みたいな気持ちになれることなんて、想像すらできなかったもんなぁ。

娯楽作品としても十分楽しめる作品でしたし、こんなふうに、社会との関わり方、男性との関係のつくりかた、いろいろ考えちゃったりもします。たまには、こんな映画をみるのもいいかも。ふふふ。

投稿者 sunameri : 2005年08月05日 00:27

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コメント

本当にそうだと思いました。
納得した部分がすごくあって、例えば『男社会』というのと『自分らしく』を混同して最後には『その中での自分』にしてしまいがちなのはしょうがないにしても、こういう風に改めて書いているのをみると、ちょっとした事に気付くのに結構遠回りしちゃうんだよね。と思っちゃうわけです。(笑)

投稿者 mine : 2005年08月05日 10:42

mineさん、こんばんは。
私もオヤジ化していく自分を「男社会」にいるから、という言い訳するのはやめようと思います。(反省)
男性でも、女性でも、「らしく生きる」が大事ですよね。私らしく、のために、がんばらなきゃ。

投稿者 sunameri : 2005年08月06日 00:28