世界はうつくしいと
うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
風の匂いはうつくしいと。渓谷の
石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光はうつくしいと。
おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの、曇り空の、
南天の、小さな朱い実はうつくしいと。
コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。
過ぎゆく季節はうつくしいと。
さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。
一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。
- - - - -
*長田弘「世界はうつくしいと」より。全文です。
雪崩になった本の片付けをしていたら、本棚の奥で忘れ去られていた詩集がでてきました。
「世界はうつくしいと」長田弘(著)
地震の後、本を読もうと思っても、夢中になって読んでいた本の続きですらも、なぜか落ち着いて本を読めなくなっています。でも、なぜか詩集は大丈夫。一句一句をもぐもぐと噛み砕きながら、じっくりじっくり味わっています。
それまで、詩なんてほとんど興味がなかったのだけれど、1~2年くらい前から、詩集を買うようになりました。が、こんなにじっくり詩を楽しめるようになったはここ数日のこと。
あの大きな地震で、私の中のプレート?もちょっと変動したのかも。自分のことながら、なんとも不思議で面白い。
投稿者 sunameri : 2011年03月27日 23:34
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街の本屋さんで立ち読みをしてたら(立ち読みができるなんて!)
目に飛び込んでくる詩がありました。
ちょっと長いですが引用します。
***
「世界はうつ... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2011年03月30日 19:12
コメント
この世界がどんなに素敵な場所で
そしてそこに生を受けてこれたことが
どんなにラッキーなことか
震災のショックですっかり忘れちゃってた
投稿者 kebaneco : 2011年03月30日 18:02
はじめまして。
長田さんの詩を自分のブログで引用させていただきました。
とてもよい詩ですね。
ありがとうございました!!
投稿者 dance : 2011年03月30日 19:22
kebaさん
長期出張、お疲れ様でした~。
本当に、ことばってすごい。
danceさん
はじめまして。一部引用するつもりが、
とまらなくなってしまったのでした。
お互いにがんばりましょう!
投稿者 sunameri : 2011年03月30日 22:26